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新しい哲学を求めて


管理人:宮内義富、札幌在住。主に本や雑誌、ジャーナリズムを通して、人間社会のあるべき姿を考えていきたいと思います。
by saiseidoh

函館物語 大森浜の家

大森浜の家

函館の街は、駅から函館湾を背にして真っ直ぐに進み5百メートルも歩くと、津軽海峡の荒波が迫る大森浜に出る。人で言えば、函館山、別名臥牛山を頭部に見立てるとちょうど首の細い部分が駅前から大森浜をつなぐラインだ。しかも、このライン上には大門、松風町界隈の、古い時代に栄えた繁華街もある。

 ある晩秋の夕方、この大森浜を初めて訪ねて驚いた。民家が砂地のような地盤に数軒建っているというのに、津軽海峡の荒波が家の間近まで迫り、そのざわめく波音が家の中まで届くのだ。冬も間近で風が強かったせいもあるかもしれない。陰鬱な津軽海峡の印象が心に刺さった。


 私は、その砂地のような上に建つ数軒のうちの1軒を訪ねた。

 向谷宗次、年齢は40歳前後。訪ねた家は向谷一家3人が住む家だった。しかし、主(あるじ)には家庭教師としてその家を訪れた6ヶ月間、一度として出会ったことはない。356歳と見えた奥さんは「遠洋漁業の船に乗ってっから、まあ、半年は帰らねんだ…」と訪問初日に事情を話す。

 海峡を揺らす風に歯向かって建つような家は、木造で古く、平屋建て、部屋数も3室で家庭教師を頼むような、経済的に余裕がある家とは見えなかった。しかも、教える相手の子供はまだ小学2年生だ。学力も高いとは言えなかった。しかし、さまざまな事情や理由で、親としては、子供の成績向上を願ってのことだったろうと思う。

 貧しげな部屋の片隅に置かれた学習机の上で子供に教科書を開かせる。しかし、1週間に1回訪れる、その都度、子供の集中力は続かない。家庭教師を付ける意味はあるのだろうか…。私はいつも疑問と疑念に囚われた。

 そして、半年を終えて、その時のことを振り返って思うと、海峡を激しく渡ってきた風が、貧しい木造家屋と浜の海面を叩きつける音と、海沿いの暗闇に建つ家の様子が脳裡に必ず刻まれていた。

  ★事実をもとに一部脚色しています。1970年代の函館を舞台とした私小説とお考え下さい。

 


by saiseidoh | 2016-03-10 06:30 | 創作・函館物語 | Comments(1)
Commented at 2016-03-10 20:59 x
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