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新しい哲学を求めて


管理人:宮内義富、札幌在住。主に本や雑誌、ジャーナリズムを通して、人間社会のあるべき姿を考えていきたいと思います。
by saiseidoh

函館物語 終章3

 終章3

 北海道に新幹線がやって来る、というので函館、道南地方をめぐる小さな家族旅行を持った。函館を訪れるのは、ほぼ20年ぶりだった。妻と、4人居る息子、娘のうちの次男との3人の小旅行だ。恥ずかしい話だが、ここ10年ほどは家族旅行でホテルや旅館に泊まったことはない。経済的に余裕がないことが主な理由だ。自家用車で早朝札幌を出発し、7時間ほどかけて移動し、松前の桜を観、夜に函館の街に入った。


 車で通りかかった函館駅前は綺麗に整備され、駅舎の斜め前の小路にあったはずの、義父と泊まった木造の旅館は跡形もなく、街の風景にその面影すらとどめていない。寂れた街を走る市電の姿と、函館山を望む風景はかつての印象をそのまま残している。その日は夜遅く仮眠先の健康センターに着き、旅装を解いた。


 大勢の来館者と肩を寄せ合うようにして寝ていた暗い大広間で未明に目が覚めた。「明日の朝は5時にはここを出よう」と家族と約束していたこともあるが、目覚める直前に夢を見ていたせいもある。


 これまでも函館の夢を見続けてきた。函館の夢を見ると必ずそこには市電が走っている。この日は、宵闇の中を車内だけが明るく照らされ、遠くにゆっくりゆっくりと遠ざかっていく夢だ。車内にはどれだけの人が乗っているかは見えない。しかし、母が居、義父が居、妹富子が居、横林くん、杜先輩、羽田先生函館で暮らした時に触れた様々な人と両親が居る、と何となく感じた。


 「ヨ・コ・バ・ヤ・シく~ん、ヨ・コ・バ・ヤ・シく~ん!


一緒に過ごした時間は1年ほどだったはずだが、なぜか横林君の名前を必死に叫んでいた。いつも寂しげな表情の横林君が車内の後方で少しニコリと表情を崩したように思えた。夢を見ながら、「人間は、家族も家族じゃなくても、擬似家族でも、友人、友人じゃなくても、思いの深さだけが全てなんだ」という声が響いている。誰の声なんだろうか?


そんな事が頭の中をグルグルと回っているうちに、目が覚めた。


母が自裁し20年ほど経ち、義父も3年前にこの世を去った。私は、母も義父も愛し、そして大好きだった。世間的には無名の人生を生きた。そして生きている間は懸命に生きた労働者、働く人だった。


函館の宵闇を、無名の人々を乗せて走る市電は静かに遠ざかっていく。函館の街の特徴である緩やかな坂道をゆるゆると遠ざかっていく。私の頭と体は疲れでクタクタだ。しかし、疲れた、などとは決して言えない。それはこれからも同じだろう。

                                                        
                                                      (「函館物語」おわり)

函館物語 終章3_d0289139_19485304.jpg
★事実をもとに一部脚色しています。1970年代の函館を舞台とした私小説とお考え下さい。







by saiseidoh | 2016-05-14 19:49 | 創作・函館物語 | Comments(0)

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