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新しい哲学を求めて


管理人:宮内義富、札幌在住。主に本や雑誌、ジャーナリズムを通して、人間社会のあるべき姿を考えていきたいと思います。
by saiseidoh

「アイ パンガワラー!」

 過去を振り返ることなく、未来のことも考えず、他者や他の国々のことも考えない(想像力がない)。古今東西の出来事、歴史を知らない、学ばないー。今、しかも今の日本のことしか関心がないー。そのような人生や世界観はどれほど貧しいものだろうか?

 韓国の無教会キリスト者、金教臣(1901~1945)の存在を知ってから、関連する本や資料等をなるべく読むようにしている。今年になってからだと思うが、キリスト教図書出版社の岡野行雄さんから『韓国無教会双書 信仰と人生(上)金教臣』を寄贈頂いてから、思い出したようにこの本のページをポツリポツリとめくっている。

 この本の大半が、金教臣が創刊した『聖書朝鮮』の巻頭言として書かれたもの。今朝方、何気なく読んだ巻頭言は植民地下の朝鮮には、英訳、日本訳等はあっても、朝鮮語に翻訳され、書かれたものは不十分なものが多く、聖書について朝鮮の人々に向けた的確・適切な改訳作業が必要ではないか、と問うたもの。

 その結語に向けて、こんなエピソードを挟む。金教臣の家族に飼われていたプローリと呼ばれる愛犬のことである。その愛犬はお金を出して買ったものではなく、遠い所から情誼で貰い受けてきた犬で、番犬のように役立つとか、特技を持っているとか、特別な犬でも、存在でもなかった、という。居る頃には、誰が教えた訳でもないのに近くの学童を学校まで送るなどの任務もしていた、とか。その愛犬がある日、見えなくなってしまった。

 一日目、二日目ー。家族総出で探しても見つからない。居る頃には、雨の日に泥足で居間に上がり込むなどの粗相も多く、そうした時の指導役、叱る役目は家長である金教臣だったので、プローリも金を厳格で冷たい人間と思っていただろうことを思うと、いざ居なくなってみると、悲哀と寂寞の感がなくもない、と書く。

 しかし、五日目の朝、家族が朝食をとっていると、長男が「あそこに来るのはうちのプローリではないか!」と大声で叫ぶ。「そうだ、そうだ!プローリが生きて帰ってきた!」と大騒ぎで、プローリ自身も四つ足で跳ぶように駆け込んで来て、幼児に頬ずりはする、大人たちの前で転がってみせる…等の喜びようだった。

 その(居なくなった折の)悲哀と寂しさ、そして奇蹟のように再会できた時の喜び。それらを何と表現するのか?(1)再び会う喜び(2)再会の歓喜…。文章にすると、全くしっくり来ず、その再会時の真率な喜びを反映しているとは思えない。金教臣は昵懇にしている文芸道の大家に聴いてみた。その人物いわく、日本語や漢語から考えると、そういうことになるのでは?朝鮮語からスタートし、「パンガワ」(うれしい)、そしてその強意である「ラ」をつけ、最終的には「ああ」という感動語である「アイ」を最初につければどうか?と。「アイ パンガワラー!」(ああ、うれしい!!)。

 この案には金教臣も心底同意した。ここから、聖書の改訳も英訳や日本語訳等のようにその国、民族の心情や言葉に寄り添った真正なものを目指すべきである、と書く。

 確かにそうだろう。聖書に限ったことではないだろう。ありとあらゆる場面で言葉や表現はそこに生きる人々の共感を得るものでなければならない。逆に、ネットやSNS全盛となってはいるが、空疎で現実を反映しない言葉遣いには慎重にならなければならない。

by saiseidoh | 2021-09-25 09:44 | 伝記 | Comments(0)

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