彩生堂備忘録


店主:宮内義富、札幌在住。「本の力」「人の力」が必要な時代です。ものごとを、明治以降生まれた様々な思想や文学、社会学、医療や医学、性その他に関する学問・研究など、多面的な物差しで見ていくことの必要性も痛感します。
by saiseidoh
プロフィールを見る
画像一覧

<   2016年 03月 ( 31 )   > この月の画像一覧

函館物語 悩む人

 悩む人

 宮崎慎二さんは大学の構内を―いつも見かけるのは校舎の廊下で、だったが―ほぼ悩ましげな表情を湛えて歩いていた。それが宮崎さんという人を想うと、頭に浮かんでくる。


 入学した年の4月末、木古内で行われた新入生オリエンテーションで初めて会った。

 1年先輩である宮崎さんら数人が新入生を歓迎するとともに、学園生活について語り合う場に、ひとり孤立したような姿でその長身を晒して立っていた。私の初めての印象はそんな風だった。「…教育は社会を映す鏡であり、しかも鏡であらねばならない。そこから社会を目指す子供は成長へと向かう過程を順調に歩み始めるのです。…」

 宮崎さんはとても難しい表現で独特な教育観や人間観を語った。そんな風に物事を難しく語り、話す人は初めてだった。私は「この人はどんな人なんだろう。どうしてこんな話し方をするんだろう?」と思った。とても不思議な人だった。


 しかし、“類は友を呼ぶ”ではないが、1ヶ月ほど後には、私は宮崎さんの数少ない話し相手になっていた。哲学の話、学生運動の話、無教会キリスト教の話…。だいたいが構内の中央に設えられた、小さな噴水広場の芝生付近が話す場所だった。ほぼ完璧に真面目すぎる話題。雑談などはほとんどなかった。

 数回ほど、函館山の麓の洋館風の間借り部屋に宮崎さんを訪ねた。そのうちの1回は夕闇が迫る時刻だった。その建物は坂道の中間付近に建てられていて、間借りする部屋自体が傾いているのではないか、と思うほど、安定感がない、半地下の部屋だった。ステンドグラスのようにも見える大きな窓からは遠くに函館湾と近くにはキリスト教会が望めた。

 赤黒く染まり始めた夕刻の風景はとても静かだった。そして、その部屋は宮崎さんという人にとても似つかわしいと、その時思った。

 そして、またしても哲学の話。中原中也の詩の話。宮崎さんの話は表現が難しく、その半分ほどは理解できなかった。それでも大まかな内容や雰囲気は理解できる。静かに時を刻む函館山の麓にはどこからか梵鐘のような音も谺(こだま)していた。

 宮崎さんは孤独だった。そして、その頃、数少ない話し相手が私だった。さらに、悩み続ける人でもあった。今では、何がきっかけかもわからないが、卒業を待たずに私たちはとうに行き来がなくなっていた。

★事実をもとに一部脚色しています。1970年代の函館を舞台とした私小説とお考え下さい。


[PR]
by saiseidoh | 2016-03-31 06:30 | 創作・函館物語 | Comments(0)

蓮實重彦「伯爵夫人」

 朝日新聞文芸時評で片山杜秀氏が蓮實重彦「伯爵夫人」を“ポルノとファシズム”と題して論評している。ポルノはもとより、芸術は歴史や豊かな文化の裏打ち、裏付けがあって、さらに豊かに、人間を深化させる。

新潮 2016年 04 月号 [雑誌]

新潮社


芸術新潮 2016年 04 月号

新潮社


へんてこな春画

石上 阿希 / 青幻舎


[PR]
by saiseidoh | 2016-03-30 07:14 | 文学・小説 | Comments(0)

「アーカイブズへの眼」

d0289139_06384583.jpg
 大濱徹也「アーカイブズへの眼ー記録の管理と保存の哲学ー」(刀水書房)。

 記録や文書、種々の媒体。身の周りにあふれているが、それらをいかに整理し、価値あるものを後世にまで伝えるのか。デジタル時代となり、そうした思想、考え方はますます求められていくと思う。
[PR]
by saiseidoh | 2016-03-29 06:38 | 歴史 | Comments(0)

津島佑子 懐かしい人

d0289139_06592557.jpg
 ユーカラに関心を持ち続け「知里幸恵 銀のしずく記念館」にも協力を惜しまなかった(記念館運営NPO法人理事)、そうだ。原発の再稼働や改憲の動きなども危惧し、晩年は、こうした動きに「怒っていた」ともいう。

ヤマネコ・ドーム

津島 佑子 / 講談社


光の領分 (講談社文芸文庫)

津島 佑子 / 講談社


山のある家 井戸のある家―東京ソウル往復書簡

津島 佑子 / 集英社


[PR]
by saiseidoh | 2016-03-28 06:59 | 文学・小説 | Comments(0)

函館物語 洋館とケーキ

 洋館とケーキ

 その家は、五稜郭公園電停や丸井今井がある函館五稜郭公園繁華街に程近い場所にあった。それにもかかわらず、いつも静寂に囲まれ、ひっそりとしていた。日曜日の夕方に訪れることが多かったせいなのかもしれない。


 ご主人が地元では優良企業の函館ガス(“ガス会社、ガス会社…”と市民からは呼ばれていた)の勤務、夫人は眼科開業医師だった。年齢はお二人ともに60歳を超えていたように思う。勉強会の会場となっていたのは、眼科診療所に併設された洋館のような洋風居間だった。ご夫妻を中心に、私たち学生、そして社会人数人を加え、7~8名ほどの小集会。ここも羽田会のように聖書の祈りはシンプルに行われ、聖書の読解・読書会が中心だった。

 何よりこの集会で印象深かったのは、毎回参加すると必ず出されるケーキとコーヒーのセットだった。40年前の函館という街、そして学生にとってケーキを食べる習慣は今ほどに当たり前ではなかったはずだ。聖書講義・輪読の内容はほとんど記憶にないが、毎回味わったであろう、ケーキの食感だけは今も脳裡と口中に感覚として残る。(食通では絶対にない)私にとって「食べる」という記憶は数多いとは言えないが、函館の食にかかわる記憶はここでのケーキとコーヒーもその一つに数えられる。

 7、
8人分のケーキセットを毎回用意できる、ということはそこそこに経済的には裕福だったのかもしれない。それにしては、洋館風の住まいや調度は豪華という風では決してなく、そこに住まい暮らすご主人夫妻と同じく質素な佇まいで、建物も同じようにいつも静かな落ち着きを見せていた。

 勉強会を終え、過ぎ去ろうとする休日の宵闇に紛れ、学生寮への帰途につく。大きな道路に出ると、五稜郭公園から八幡町に向かう市電がチン、チン…と静かに行交っている。

 何度、その聖書勉強会でケーキとコーヒーを味わったものか。どの程度の期間、その集会に通ったものか―。それらははるか彼方の記憶の闇に紛れている。しかし、温厚そのものの、勉強会主宰者夫妻の表情と静かな佇まいはいつまでも心のうちから消えてはいない。

★事実をもとに一部脚色しています。1970年代の函館を舞台とした私小説とお考え下さい。


[PR]
by saiseidoh | 2016-03-27 11:54 | 創作・函館物語 | Comments(0)

COML札幌患者塾近況

 本日は札幌駅北口前のエルプラザ・市民活動サポートセンターでCOML札幌患者塾の打ち合わせとチラシ印刷を2時間ほど。

 打ち合わせとは言っても、現在の中田ゆう子代表と私の2人のみ。COML札幌の会員も20数年を経て、高齢化の波に洗われている。コアマンバーも会員も高齢化や自分の業務多忙などで活動がやや沈滞している。歴史や実績などを考えると、地道でもいいので、着実に活動を継続していく必要がある。

 当面の予定は以下の通りだ。

 ▼4月30日(土)=第104回患者塾、午後2時~ 、札幌社会福祉総合センター、「医療費についてー高額療養費と限度額について」(講師・相澤るみ子・札幌東徳洲会病院課長)
 ▼同日=総会
  ※同日には年度活動報告の「COML札幌患者塾誌」を配布予定。それまでには患者塾誌を印刷する。




 

[PR]
by saiseidoh | 2016-03-26 17:44 | 医学・医療 | Comments(0)

「伊藤野枝伝 村に火をつけ、白痴になれ」

北海道新幹線函館延伸、プロ野球開幕…春らしくにぎやかな話題も多いが、時に楽しめたり、楽しめなかったり、という自分がいる。心底楽しめるという機会は数少ないのだが…。明日朝は地元、北海道新聞が新幹線絡みで元日号のようにとても分厚いそうだ。

村に火をつけ,白痴になれ――伊藤野枝伝

栗原 康 / 岩波書店



SINRA(シンラ) 2016年 05 月号 [雑誌]

新潮社


[PR]
by saiseidoh | 2016-03-25 07:02 | ノンフィクション | Comments(0)

函館物語 電停の秋

 電停の秋

 八幡町の電停から学生寮に向かった日、富子と高崎洋子は夜遅くなって、函館山に近いホテルに戻っていった。

 そして、2人が函館に滞在した3日間、私は富子とは2回会った。2回目は学生寮から5分ほども歩かずに行ける八幡宮の境内で再び会った。彼女たち2人が東京に帰る日だった。

 晩秋だったが、その日は久しぶりに日差しが柔らかかった。

 「また、東京に遊びに来て下さい。来れますか?」と言って、富子は手にしていた紙袋を私に静かに渡した。その場で紙袋の中をのぞくと、マフラーとセーターが見えた。

 「セーターは丸井今井で買いました。でもマフラーは手編みです。ようやく間に合ったわ…」。少し恥じらいを見せながら小さな、掠れた声だった。富子の声はいつも掠れ気味のそれだったことを、なぜか今にして思い出す。

 私はうれしかった。しかし、それを表情に出すのは得意ではない。「ああ…」と、ありがとう、と言う言葉も口の中に飲み込んで、それを受け取った。マフラーは極太の毛糸で編んだずっしりと重量感があるものだった。「もういやンなっちゃう。2ヶ月もかかったのよ…」。手編みに対する不器用さを殊更に強調し、富子はクスン、と笑った。

 10代半ばに富子という存在を写真で見、20歳になる頃初めて会い、その驚くほどの清楚さに、私はほとんど恋人に対すると似たような感情を持ち続けていた。だから、きっとまた東京にも会いに行くだろうと、その時、確信した。

 1時間ほども取りとめもない会話を交わし、再び私は電停に彼女を見送った。今回はまだ街は明るい日差しに覆われていた。遠くにはいつも見えている函館山の遠景が望める。電停から、富子が乗った濃緑色様の電車が静かに離れ、その車両の姿が視界から消えた時、とても寂しい気持ちが寒さと共に襲ってきた。やはりもう、雪が降り出す季節は近いのだろう。
                                 (“電停の秋”つづく)


[PR]
by saiseidoh | 2016-03-24 06:30 | 創作・函館物語 | Comments(0)

福田徳三

 関東大震災というと、後藤新平が語られることが多いが、最近、福田徳三という経済学者を知る。

福田徳三書誌

日本経済評論社


生存権の社会政策 (1980年) (講談社学術文庫)

福田 徳三 / 講談社


復興経済の原理及若干問題

福田 徳三 / 関西学院大学出版会


[PR]
by saiseidoh | 2016-03-23 07:18 | 歴史 | Comments(0)

函館物語 電停の秋

 電停の秋

 富子は2
歳違いの妹だった。

 富子が
1歳、私が3歳、そして長兄の富雄が5歳のとき、私たちの父と母は離婚した。東京の下町、都会の川らしい川、中川にほど近い、葛飾区立石に一家で住んでいた頃のようである。長兄には記憶があるかもしれないが、下の2人はあまりに幼く記憶はない。

 
 離婚の原因は父親の暴力(今で言えば虐待か…)だった、と後年、母からはあいまいながら聴いていた。秋田県の奥羽山脈に抱かれたような村出身で、地元では旧家の息子として有名な父は戦中から戦後にかけて、東京の大学に進学し、都内で就職したものの、組合運動をしながら「小説を書く」と言っては飲み歩き、母に暴力をふるった。
 
 結局最後、母は離婚を決断し、長男は父、次男である私は母との戸籍を残し、そして富子は養子に出すことにした。富子が養子となって行った先は、浅草にあった靴工場の経営者宅だった。話は、母の姉が仲に立ち、姉の知人である靴工場経営者宅に貰われていった。
 
 私が義父と会ったのは、小学校1年生から2年に上がる季節だった。その頃、父と母の共通の故郷がある奥羽山脈の村で小学校の1年間を過ごし、上京の時期がやって来た。奥羽本線で地元の駅を夜に出発し、翌朝になると上野駅に着く。そこからさらに電車を乗り継ぎ、常磐線綾瀬駅に着く。昭和30年代中頃、綾瀬駅周辺に建物はほとんどなく、駅から私がそれから住むはずの、木造の一軒家の借家までは水田や畑ばかりが視野を遮るものも殆どなく、広々と広がっていた。3月も終わろうかという季節だったが、風が強く吹き、遠くに見える鉄塔の電線がビュービューと音を曇り空に反響させていた。

 兄や妹が居ることは、私が中学に入学した頃、ようやく知った。

 それから6年後、私は富子に神宮外苑で初めて会った。互いに大学生になっていた。そして、その頃私は都会に吹き荒れる学生運動や人とのつきあいや集団生活に自信が持てず、北へ向かうと、わずかな希望が得られるのではないか、と淡い期待に胸を焦がす日々を過ごしていた。
                           (つづく)

 ★事実をもとに一部脚色しています。1970年代の函館を舞台とした私小説とお考え下さい。


[PR]
by saiseidoh | 2016-03-22 06:30 | 創作・函館物語 | Comments(0)

外部リンク

フォロー中のブログ

ホクレレ2

最新のコメント

先日、大橋巨泉についてブ..
by プログレ at 20:12
本当にそうですね。東京に..
by saiseidoh at 20:15
乾ききった魂に、沁み込ん..
by JUNNKO at 12:17
私も同じかもしれません。..
by Takeshi at 23:24
 評論、というほどの事は..
by saiseidoh at 12:43
日経の文化欄を好むもので..
by Takeshi at 12:12
私も一度、登山で行ったこ..
by プログレ at 16:10
 コメント有難うございま..
by saiseidoh at 21:34
世の中ではびっくりするほ..
by saiseidoh at 20:20
ブログにコメント書くの初..
by きょうこ at 21:55

メモ帳

最新のトラックバック

venushack.com
from venushack.com
www.whilelim..
from www.whilelimit..
www.whilelim..
from www.whilelimit..
http://while..
from http://whileli..
http://www.v..
from http://www.val..
浮世絵の誕生・浮世絵の歴..
from dezire_photo &..
電子貸本Renta!で評..
from 最新お得情報

検索

ブログパーツ

最新の記事

「自分の作りたい本」
at 2018-11-16 20:16
復刻出版(2018年11月)
at 2018-11-15 17:38
第52回北海道新聞文学賞に澤..
at 2018-11-01 07:46
岩波新書創刊80年記念「はじ..
at 2018-10-11 21:11
「水俣 そしてチェルノブイリ」
at 2018-10-07 07:58

ファン

ブログジャンル

本・読書
北海道